(1958-1-17) ●会ったとたんに一目ぼれ - テディ・ベアーズ

「The Billboard Hot 5」
12/01-3
To Know Him,Is To Love Him - Teddy Bears
(会ったとたんに一目ぼれ - テディ・ベアーズ)

画像・彼らは、フィル・スペクター(1940年12月26日、ニュー・ヨーク市ブロンクス生まれ)、アネット・クラインバード(1940年11月13日、ニュー・ジャージー州ニュー・ブランズウィック生まれ)、マーシャル・リーブ(1939年1月26日生まれ、2002年3月15日、カリフォルニア州ノースリッジで心臓麻痺で死去、享年63歳)、ハーヴェイ・ゴールドスタインの男女4人組のヴォーカル・グループで、当時18歳のスペクターが初めてのレコーディングを行うために結成したバンドである。1949年、フィル・スペクターの父親が死去、そのため彼はロサンゼルスに移住する事になり、そこでフェア・ファックス高校に入学した。此の高校は優秀な音楽関係者を輩出していて、ハーブ・アルバート、ジャン&ディーン、ジェリー・リーバー、レニー・クラヴィッツ、ガンズ&ローゼスのスラッシュ、それにレッド・ホット・チリ・ペッパーズのアンソニー・キーディスとマイケル・バルザリー等が、此の高校を出ている。フィルも、此の学校に在学している頃にバンド活動を開始し、大学に入学してからはテープ・レコーダーを用いたオーヴァーダビングの手法について、独自の手法を研究し始めていた。そして、その手法を試すべく始めたのが、高校時代の友人達と結成したテディ・ベアーズだった。フィルはアネットの可憐な声に惹かれ彼女を説得しメンバーに加入させた。エルヴィス・プレスリーが好きな熊のぬいぐるみをテーマにした1957年のヒット「テディ・ベア」からグループ名を付け、此のグループが世に名前を知られる前にメンバーのハーヴェイが脱退し、女性リード、男性2人のトリオとなった。グループはドーア・レコードのオーディションを受け合格、早速録音する事になり、ドラムスにサンディ・ネルソン(1938年12月1日、カリフォルニア州サンタ・モニカ生まれ、1959年全米4位に入った「Teen Beat(ティーン・ビート)」等のヒットがある)を迎え、此の「To Know Him,Is To Love Him(会ったとたんに一目ぼれ)」を75ドルと言う低予算でゴールドスター・スタジオで録音、B面にも拘らず全米1位の大ヒットとなった。自分の手法に自信をもったフィルは、さっそくアルバムを制作、「テディ・ベアーズ」を発表したが、世の中そう上手くは行かず、此のアルバムは全く売れなかった。結局、バンドは直ぐに此の1曲のヒットだけで解散した。
フィル・スペクターは、此のアルバムの制作現場において、彼は非常に多くの事を学び、ミュージシャンとしての活動より、プロデューサーとしての活動に目標を見出すようになって行った。1961年、フィレス・レコードを設立。1963年、ザ・ロネッツの「ビー・マイ・ベイビー」がヒット。複数のテイクを録音しそれらを重ねていくオーヴァーダビング作業を何度も繰り返して作られた分厚いサウンドは、当時としては非常に斬新なものであった。「ウォール・オブ・サウンド」と呼ばれた彼の音作りは音楽制作者やミュージシャンに大きな影響を与えた。当時は未だ録音技術が発展途上だったゆえ、此の手法での録音作業は完成までかなりの時間と労力を要したが、彼は偏執的なまでに理想とするサウンド作りに拘った。またステレオ録音が主流となってもモノラルに拘り続けたところに、彼の偏執振りがよく現れている。1963年、アルバム「A Christmas Gift For You From Phil Spector」はクリスマス・アルバムの定番として有名であり、クリスマス・ソングをウォール・オブ・サウンド一色にデコレートしたトータル・アルバムであると見る向きもある。彼は早い時期からビートルズと親交があり、1970年発表のアルバム「レット・イット・ビー」のプロデュースを手掛けた。ビートルズ解散寸前の散漫なセッション録音集を一作品として短期間のうちに纏め上げた手腕にジョン・レノンとジョージ・ハリスンは感銘を受け、夫々のソロ・アルバムで彼をプロデューサーとして起用した。しかし、ポール・マッカートニーは彼の制作をオーヴァー・プロデュースとして非常に不満を持っていた(特に彼が「ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード」にストリングスやコーラスをオーヴァー・ダブした事に対し激怒したと言われる)。1970年代以降もプロデューサーとして活動していたが、時流からは外れたところにあった。麻薬の常習や、作業中に意見の対立したジョン・レノンを拳銃で脅したり、出来が気に入らないマスター・テープを勝手に持ち帰って雲隠れしたりと言った数々の奇行も知られていた。1989年、ロックの殿堂入りを果たした。2003年2月、自宅で女優ラナ・クラークソンを殺害した容疑で逮捕された。現在は保釈中。ブライアン・ウィルソン(ビーチ・ボーイズ)、大瀧詠一や山下達郎も彼の影響を大きく受けている(大瀧は評伝の日本語版を監修)。
アネット・クラインバードは、競馬騎手の娘だった関係もあり若い頃は生活拠点をよく転地していた。ソロ活動や曲作りに勤しみ、名前をキャロル・コナーズと変え、1977年、全米1位になった「Gonna Fly Now (Theme From "Rocky")(ロッキーのテーマ)」の共作者として名を馳せた。その他、1964年、全米4位のリップ・コーズの「Hey Little Cobra(ヘイ・リトル・コブラ)」、1980年、全米4位の ビリー・プレストンとシリータのデュエット「With You I'm Born Again(ウィズ・ユー・アイム・ボーン・アゲイン)」、2006年、A&Eで放送された「15 Films About Madonna」と言う映画のの作曲、2008年、「Courting Condi」と言う映画の作曲等、現役で今現在も活動している。
マーシャル・リーブは、ゲーリー・パクストン率いるハリウッド・アーガイルズのツアー・メンバーを始めに多くのプロデューサー活動をしながら映画音楽にも進出した。また、マーシャ・レーベルやキャプコ・インプリント等、会社の経営にも手腕を発揮した。1996年、マーシャルとキャロルは「To Know Him,Is To Love Him」の印税が支払われていないとして、フィルを訴えた事もある。2002年3月15日、カリフォルニア州ノースリッジで心臓麻痺で死去。カルヴァー市のヒルサイド・メモリアル・パークで眠っている。
此の作品は、フィル・スペクターによって書かれた楽曲である。彼が書いた「Don't You Worrry My Little Pet」のデモ・テープを聴いたドーア・レコードのオーナー、ルー・ベデルは早速、此のテイーン・グループと契約した。ハリウッドのゴールドスター・スタジオでの録音が決まり此の曲をA面にし、B面の曲が必要となり「Wonderful Lovable You」を録音する事になった。その録音のために2時間のセッションが用意されたのだが、余った時間の20分で2テイク録音されレコーディングを完成させたのが此の曲であったと言う逸話がある。此の楽曲は、フィルがアネットに歌わせようと特別に書いた曲であった。彼の父親は彼が9歳の時に自殺した。そして父の墓石に彫られたのが此の言葉「To Know Him Is To Love Him(彼を知ること、それは彼を愛すること)」だった。彼にとって大きなトラウマでもある自殺した父の墓石の言葉、此の思慮深い言葉を効果的に使ったバラードは1958年8月にリリースされた。此のシングルは地元ロサンゼルスとミネアポリスで爆発的に売れて行き同年12月1日、全米1位となった。当時多くの若者は此のサウンドに影響を受けた。また、レコードがリリースされると、エルヴィスから「アネットの歌声が好きだから会いたい」と言って来た。「エルヴィスに会った時は18才でした。最初の印象は、大きな美しい猫みたいな人だなと思いました。動きが猫のようだったからです。私達は9ヶ月付き合いました。彼は私の初恋の人です。」彼女はイギリス女王からエルヴィスにコンサートの依頼があった時の事を覚えていた。「エルヴィスは飛行機ぎらいでした。彼らは一晩のショーに2万ドルを提示したのです。パーカー大佐は、「私には十分だ。ところで、エルヴィスには幾ら払ってくれるんだ」と言って断ったそうです。」と、彼女は思い出を語っていた。カヴァーも数多くリリースされ、「To Know Her Is to Love Her」と言うタイトルでビートルズ、「To Know You Is to Love You」と言うタイトルで、マーク・ボラン、グロリア・ジョーンズ、ピーター&ゴードン、ボビー・ヴィントンがガヴァーしている。1987年、ドリー・パートン、エミルー・ハリス、リンダ・ロンシュタットの3人が此の曲をカヴァーし、カントリー・チャートで1位になった。



●アーティスト・インデックス・T
  http://46309727.at.webry.info/200001/article_23.html

●1958年 (昭和33年) ホット5・リスト
  http://46309727.at.webry.info/200004/article_27.html

この記事へのコメント

テン
2008年09月10日 03:26
墓石に刻まれた言葉だったんですね…
逸話を聞いて更に思い入れが深くなりました、優しいメロディーに癒されて…また人が好きになる不思議な曲です。
2008年09月12日 05:58
テンさん、お早う御座います!私が此の曲を最初に聞いたのはビートルズのカヴァーでした。中々、英語の歌詞の意味や由来までは調べてみない限り分からないものです。>人が好きになる不思議な曲です。=ホント、優しいメロディーに癒されます。